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最高裁判所第二小法廷 昭和57年(あ)648号 判決

主文

原判決及び第一審判決を破棄する。

被告人を懲役四年に処する。

第一審における未決勾留日数中一〇〇〇日を右刑に算入する。

押収してある理髪用鋏一丁(高松高等裁判所昭和五四年押第二三号の一)を没収する。

理由

被告人本人の上告趣意は、憲法三七条二項、三八条一項二項違反、判例違反をいう点を含め、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認、再審事由の主張であり、弁護人佐長彰一及び同森吉徳雄の各上告趣意は、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決及び第一審判決は、次の理由により破棄を免れない。

一第一審判決及び原判決が認定し、記録に徴しても是認できる本件事案の概要は、次のとおりである。すなわち、被告人と本田千敏とは、共に徳島市内の造船所工員寮に住み込み熔接工として働いていたが、仕事上のことなどで反目し合い、その間柄は険悪化しつつあつたところ、昭和五〇年五月二四日夜、寮近くの酒店で両名の間で口論となり、被告人は、本田に顔面を殴打されて前歯を折られるなどし、そのため一旦帰寮したものの憤まんが収まらず、本田に非を認めさせようとして同人の帰るのを待つていたが、そのうち帰寮した本田の怒鳴る声をしたので、木刀を携えズボンの後ポケットに理髪用鋏を入れて寮二階ホールに赴き、本田と相対して同人を難詰するに至つた。しかし、声を聞きつけて来た大藤恒雄が仲裁に入り、同人に木刀を捨てて話合いをするよう説得されたことから、被告人は、その言に従い、手にした木刀を同ホール壁際に置かれた下駄箱の裏側に投げ入れ、寮前庭に通じる階段を先に立つて下り始めたところ、本田は、いきなり右下駄箱を倒して被告人の捨てた木刀を取り上げ、それを手にして追いかけ、寮前庭で被告人に右木刀で殴りかかつたため、被告人は、頭、足首等を殴打され、当初は逃げ回つていたものの、そのうち鋏を取り出して本田に対し刺突行為に及び、同人に胸腔内や心臓に達する刺創等を負わせ、間もなく同人を死亡させたものである。

そして、被告人は、本田に対する殺人(公訴事実第一)及び理髪用鋏の不法携帯の銃砲刀剣類所持等取締法(以下「銃刀法」という。)違反(公訴事実第二)の両事実で起訴されたものである。しかし、第一審判決は、被告人が木刀を下駄箱の裏側に投げ入れて階段を下りようとした時点では、被告人は本田と穏やかに話合いができると考えていたと認めるのが相当であるから、同人が木刀で殴りかかつてくることは被告人にとつて予想しえない出来事といわざるをえず、同人の右行為はまさに被告人の生命、身体に対する急迫不正の侵害であり、被告人の本田に対する刺突行為は、右の侵害に対し自己の生命、身体を防衛するため行つたやむをえない行為であるとして、殺人について正当防衛の成立を認め、銃刀法違反については、被告人が鋏を所持したのは防衛の用に供するためであり、時間的にも短く、場所的にも寮内及びその前庭という限られた範囲にとどまるとの理由から、違法性阻却を認め、公訴事実全部について罪とならないとして被告人を無罪とした。これに対し、原判決は、第一審判決に対する検察官の控訴を容れ、殺人についての正当防衛及び銃刀法違反についての違法性阻却をいずれも否定して、第一審判決を破棄したうえ、殺人及び銃刀法違反の両罪の成立を認め、被告人を懲役六年の刑に処した。すなわち、原判決は、被告人が木刀を捨てて階段を下りる際の状況及び本田と被告人との寮前庭での攻防の状況の両者につき、第一審判決の認定するところは肯認できないとして、前者については、第一審判決認定のように話合いをするについて本田が進んで申出をしたりあるいは納得した様子は認められず、ただ仲裁に入つた大藤恒雄の勤めに従つて被告人が木刀を捨て、本田も握つていた被告人の手を離し両者が離れることになつたものであると認定し、後者については、第一審判決認定のように被告人が本田の攻撃を受けて防戦一方であつたわけではなく、被告人が立つて本田に組みつき対抗した状況があり、被告人は本田からの攻撃に対して劣勢を挽回し積極的に攻撃を加えた事実が認められるとし、そのような事実認定に立つたうえ、当夜のいきさつ等からして当時抑え難い憤激の情を抱いていたと推測される被告人と本田との間で話合いが行われる状況にはなかつたこと、被告人が予め鋏を用意していたこと、被告人の本田に対する攻撃は激しいものであつたことなどの理由から、被告人は本田と喧嘩になることを予期しその機会を利用して積極的に同人を加害する意思であつたと認められるとし、結局、殺人については侵害の急迫性に欠けるので正当防衛の成立を認めることはできず、また、銃刀法違反については、右正当防衛の成立が否定される以上その違法性が阻却される理由はないとしたのである。

二そこで検討するに、本件殺人における正当防衛の成否をめぐつては、被告人に対する本田の木刀による攻撃が、被告人にとつて予測できなかつた急迫な侵害にあたるか否かについて、前記のとおり原判決と第一審判決とで判断を異にするのであるが、原判決及び第一審判決の認定する事実関係に照らして判断すると、被告人は、木刀を捨てて階段を下りた時点では、本田と話合いをする積もりであり、同人もそれに応じるものと予期していたもので、本田が被告人の捨てた木刀を取り上げ攻撃してくることは予想しなかつたと認めるのが相当である。たしかに、被告人は当夜本田に対しかなり強い憤激の情を抱いていたことであり、被告人が木刀を手にして寮二階ホールで本田に相対し同人を難詰した時点までをとらえるならば、それまでのいきさつからしても、被告人は本田と喧嘩になることを予期しそのため木刀を手にしていたと推認することはあながち無理とはいえない。しかしながら、その後大藤が仲裁に入り、同人から喧嘩をしないよう説得されたことにより、本田は、話合いの明確な意思表示まではしなかつたものの、握つていた被告人の手を離し、一方、被告人は、手にしていた木刀を下駄箱の裏側に投げ入れたうえ、本田に向かつて「話合いをしようではないか。」といつて、先に立つて階段を下りているのであるから、この事実から合理的に推測するならば、木刀を捨てて階段を下りた時点では、被告人としては本田は話合いに応じるものと予期し、自らもその意図であることを積極的に示す態度に出たものと認めるのが自然である。もし右の時点で被告人が本田とは話合いができずなお喧嘩になるものと予測していたのであるならば、空手の心得もある本田に腕力では到底かなわないと思つている被告人が、対抗すべき有力な武器である木刀を捨てることは、いかにも不自然である。また、原判決も肯認するとおり、被告人は本田から攻撃を受けるや直ちに鋏で応戦することなく、当初は本田の攻撃を避けて逃げ回り、さらに鋏を取り出した後も最初の段階では、それを振り回すなどして本田を威嚇する行動に出ていたに過ぎないのであるから、これら一連の行動からすれば、原判決のように被告人は当初から木刀を捨てても喧嘩に際しては隠し持つた鋏で対抗しようと意図していたと見ることは、相当でない。さらに原判決は、被告人が喧嘩を予期していたことを推認せしめる事由として、被告人が予め鋏を用意し隠し持つていたこと、被告人の本田に対する攻撃の態様、すなわち刺突行為は胸腔内や心蔵に達するほどの相当強力なものであり、しかもそれは木刀が折れて本田の攻撃力が減じた後になされたと考えられることを挙げるのであるが、原判決がその判文中に引用する被告人の検察官に対する供述調書(昭和五〇年六月一一日付)の記載によつても、鋏は必ずしも本田との喧嘩に備えて用意したものといえるものではなく、また、本田に対する応戦行為は防衛の意思に憤激の情が加わつて激しくなつたものとも考えられるから、原判決の挙げる右各事由は、いずれも被告人が本田との喧嘩を予期していたことを裏付けるものということはできない。従つて、本田の木刀による攻撃は被告人の予期しなかつたことであつて、それは被告人に対する急迫不正の侵害というべきであり、この点において、原判決が、被告人は本田の攻撃を予期しており、その機会に積極的に同人を加害する意思であつたもので、本田の攻撃は侵害の急迫性に欠けるとしたのは、事実を誤認したものといわざるをえない。

そして、原判決及び第一審判決の認定する事実関係並びに原審及び第一審で取り調べた証拠により判断すると、本田の木刀による攻撃は、兇器の種類、形状及び攻撃態様等からして、被告人の生命、身体に対する侵害の危険を有するものであつたと認められ、それに対し、被告人は、前記のとおり当初は逃げ回りあるいは鋏を振り回して威嚇する行為に出たが、それでもなお攻撃を止めない本田に対し鋏でその胸部等を突き刺すに至つたものであつて、その経過、状況からすれば、被告人が右刺突行為に及んだのは、自己の生命、身体を防衛する意思に出たものと認めるのが相当である。しかしながら、被告人は、本田の攻撃力が木刀の折損等により相当弱まつたにもかかわらず、なお反撃を継続してついに本田を殺害するに至つたものと認められるから、被告人の本田に対する刺突行為は、全体として防衛のためにやむをえない程度を超えたものといわざるをえない。また、鋏の携帯については、たとえそれが第一審判決の指摘するような防衛の目的でしかも時間的、場所的に限られた範囲にとどまつたとしても、それをもつて違法性が阻却されるべき事由となすことはできないというべきである。

そうすると、被告人の本件殺人は、本田による急迫不正の侵害に対し自己の生命、身体を防衛するためその防衛の程度を超えてなされた過剰防衛にあたり、理髪用鋏の携帯については銃刀法違反罪が成立するというべきであるから、右殺人について正当防衛のみならず過剰防衛の成立をも否定した原判決は事実を誤認したものであり、また、右殺人について正当防衛の成立を認め、鋏の携帯について違法性阻却を認めた第一審判決は事実を誤認しまたは法令の解釈適用を誤つたものといわざるをえない。

三以上の次第で、原判決及び第一審判決には、判決に影響すべき事実誤認あるいは法令違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるから、刑訴法四一一条一号、三号により原判決及び第一審判決をいずれも破棄し、同法四一三条但書により更に判決することとする。

原判決の挙示する証拠によれば、被告人は、第一 徳島市川内町加賀須野九三番地所在の神例造船株式会社工員寮に寄宿し熔接工として働いていたが、かねてより同僚の本田千敏(当時三八年)と仕事のことなどで反目し合つていたところ、昭和五〇年五月二四日午後八時ころ仕事を終えて酒店で飲酒中右本田と口論となり、同人より手拳で顔面を殴打され前歯を折られるなどの傷害を負わされ、その場は同僚らに仲裁されて前記寮に戻つたものの、本田に対する憤まんやるかたなく、同日一〇時ころ、寮に帰つてきた本田が大声で被告人を呼ぶのに応じ、木刀一本(高松高等裁判所昭和五四年押第二三号の二は折れたもの)を携えさらに理髪用鋏一丁(同押号の一)をズボンの後ポケットに入れて寮二階ホールに赴き、本田と対峙したが、間もなく同僚の大藤恒雄が仲裁に入り、同人から説得されたため、本田と話合いをする積もりで、右木刀を下駄箱の裏側に投げ入れ、「話合いをしようではないか。」といつて先に右ホールから前庭に通じる階段を下りて行つたところ、本田が不意に右下駄箱を倒して木刀を取り出し、それを振りかざして殴りかかり、頭、足首等を殴打してきたことから、自己の生命、身体を防衛するため、防衛の程度を超えて、殺意を持つて、寮前庭において右理髪用鋏で本田の左胸部、腹部等約一三か所を突き刺し、よつて同人を左胸部刺創に基づく心臓タンポナーデにより間もなく同所で死亡させて殺害し、第二 業務その他正当な理由がないのに、右の日時場所において、刃体の長さ約九センチメートルの右理髪用鋏一丁を携帯したことが認められる。なお、弁護人及び被告人は、右第一の殺人について正当防衛を、同第二の鋏の携帯について違法性阻却を主張するが、前記のとおり、前者については過剰防衛が認められる限度で理由があり、後者については理由がないものである。

法令に照らすと、被告人の右第一の行為は刑法一九九条に、同第二の行為は昭和五二年法律第五七号による改正前の銃刀法剣類所持等取締法三二条二号、二二条に該当するので、各所定刑中、第一の罪につき有期懲役刑を、第二の罪につき懲役刑をそれぞれ選択するところ、検察事務官作成の別事件確定裁判通知書によれば、被告人は昭和五七年一二月二三日高松地方裁判所丸亀支部で暴行、恐喝罪により懲役一年二月、執行猶予三年に処せられ、右裁判は昭和五八年四月六日確定したことが認められ、刑法四五条前段及び後段によれば、本件各罪と右確定裁判のあつた罪とは併合罪の関係にあるので、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない本件各罪について更に処断することとし、同法四七条本文、一〇条により重い第一の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して第一審における未決勾留日数中一〇〇〇日を右刑に算入し、押収してある理髪用鋏一丁(高松高等裁判所昭和五四年押第二三号の一)は、第一の殺人の犯行の用に供した物で被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項によりこれを没収し、第一審及び原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(大橋進 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 牧圭次)

被告人の上告趣意《省略》

弁護人佐長彰一の上告趣意

原裁判所は、被告人に対し、無罪判決をなした第一審判決を破棄し、被告人に懲役六年の実刑を宣告しておる。

しかしながら、右判決には重大な事実誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反するので、刑事訴訟法第四一一条により職権破棄を望むものである。

原裁判所が、被告人を有罪と認定した証拠は、原判決挙示の証拠の標目のとおり多岐に亘つておるが、まず重要なのは、証人前岩道彦の証人尋問調書ならびに原審公廷における供述ならびに鑑定である。

本件記録上、又原判決が証拠の標目にも挙示するように、右証人は第一審においても鑑定し且証言しておるが、当審のそれとを比較するとき重要な部分で食い違いがある。

この食い違いを生じた所以は、第一審判決後の昭和五四年一月二九日、同年二月二〇日の二回に亘り、徳島地方検察庁検事秋本譲二が右前岩を取調べしたことによるのである。

右検事は、この取調べに先立ち第一審裁判所から本件鋏の借出しをうけ、これを司法警察員佐藤実に交付し、その状況を右司法警察官は、昭和五四年二月二二日の写真撮影報告書で明らかにしておるが、この写真による鋏の状況は、第一審の証拠調状況と著しく異なつておる。

どの段階でこのように鋏に対し、第一審判決前と異なる状況が加工されたのか不明であるが、あらたに加工された状況の鋏を右前岩に示して取調べをしておるのである。

更に又、二月一七日徳島地方検察庁大会議室において、前記検事が立会して、犯行状況を捜査官のみで再現しておることも亦、二月二二日付写真撮影報告書で明らかであるが、この大会議室における写真も日付の前後から、右前岩に示した可能性が濃厚と言わねばならない。

即ち、原裁判所が右証人に鑑定を命じる以前に、検事よりこのような事前工策がひそかに行われ、鑑定に対し、ある事実を与えておつたのである。

原裁判所はもとより、こうした検事の先行的な工策は周知しておらないが、少なくも、被告人が右検事調書等の取調べ請求を行つたのであるから、その立証趣旨を弁護人、被告人に質してこの調書の取調をすべきであつた。

又、検察官は鑑定の公正を期するためにも、検察の公平、威信を保つためにも進んで取調べ請求すべきであるのに、右被告人請求に異議を述べ、原裁判所はこれを容れて請求を却下し、前岩をして異なる証言をなさしめたことは、審理不尽による重大な事実誤認というべきである。

次に右前岩証人は、心臓をさされたらその場にうずくまり動けなくなると証言し、原審も亦、この見解を支持して本田の攻撃がすんだ後にも被告人が攻撃したものと認定しておるのである。

しかしながら、右前岩が二月二〇日秋本検事に取調べをうけた際、その調書に添付されたと認められる松倉豊治論文の『心臓損傷死』は「心臓や大きな血管の損傷をうけながら、なおかつ三〇分以上も生存し、時にはその間にかなりの行動をとるといつた例も少なくはない」と言つておるのであり、右前岩の証言及びこれに沿つて認定した原判決は、この意味においても事実誤認と言わざるを得ない。

のみならず、右前岩は裁判官の尋問に対し、傷の順序、前後は判らないと供述しておるのであるから、心臓を刺したのちに更に攻撃をしたなどとは、合理的推測の範囲を逸脱するもはなはだしいと言わざるを得ない。

又、原判決は、本田が持つた木刀が折れたので攻撃力が減じたと判示しておるが、本件本田に残る刺傷が、木刀が折れたのちに加えられたものであることを認定する証拠は全くないのである。

どの段階で木刀が折れ、折れた後に加えられた刺傷はどれどれであるのか、この点に全くふれず、安易に検察官の控訴趣意に沿つて認定したことは重大な事実誤認である。

次に原判決は、被告人が本当に話し合うのであれば……二階ホールのその場か、近くの被告人の自室……で行えば足りると判示し、被告人が先に立つて階段をおりたのは話し合う気持がなかつたと結んでおる。

右論旨は、検察官主張の控訴趣意のとおりであるが、これは次の点で誤つた推論と言わざるを得ない。

即ち、被告人は第一審記録に明らかなように、暴行をうけ受傷しておるのであるが、これに対し、本田は医者代もするからと言つたので、医者からの手当をうけるために階段をおりたのである。

若し、原判示のように攻撃を更にし、或は二階ホールで和睦していないのであれば、本田から攻撃をうけるかもしれないことは当然予想出来るのである。本田は、空手をもしておる男であるから尚更である。

とすれば、一人で右本田の先に立つて歩くであろうか。

この点を考えると、被告人の言うごとく医者に行くという弁明こそが常識に沿うのであつて、この点を看過して、安易に検察官主張を肯認した原判決は事実誤認と言わざるを得ない。

又、原判決は「……暗い寮の前庭へ」と判示しておるが、当時は夜なお明るい灯が点灯されておつたことは、証人佐々の証言でも明らかなところであつて、全くの暴論と言わざるを得ない。

次に原判決は、被告人の捜査官に対する供述調書を証拠として判示しておるが、先にもふれたように被告人も受傷しており、正常な身体状況でないときに取調べしたものであるから右供述には任意性がない。

以上各点を総合するとき、第一審判決こそが正しく、これを排斥した原判決は重大な事実誤認であり、破棄しなければ著しく正義に反するので本上告に及んだ。        以上

弁護人森吉徳雄の上告趣意

一、原判決は、正当防衛を認めた第一審判決を破棄し、「本件はいわゆる喧嘩闘争と目すべき事案であつて、被告人は被害者本田の攻撃を予期し同人から攻撃されたときは隠し持つた鋏で積極的に加害行為をする意思で本件行為に及んだものであり、正当防衛における侵害の急迫性を欠くといわざるを得ない」として、殺人と鋏の不法携帯の事実を認定したのであるが、これは判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認であると確信するので、刑事訴訟法四一一条三号により原判決の破棄を求めるものである。

二、先ず重大な事実誤認をした第一点は、原判決が第一審判決を破棄する理由とした事実認定で、被告人が被害者本田と対峙してから、本田が木刀を持ち、被告人を追いかけるまでの状況について大藤が被告人と本田との仲に入つたあと①本田が木刀を放つてくれ、責任を持つと言つたことはない②被告人が木刀を捨てると言つたこともない③被告人が階段を下りて行くとき、真実本田と円満に話し合いができると思つていたとは断じ難いとした点である。

第一審判決がこれらの点を認めているのに対し、原判決が否定し、かかる事実認定をする理由は、大藤恒雄の第一審における証言及び司法警察官に対する供述調書においてこれを認める記載がなく、この大藤の供述の信用性を疑うべき事情も見出し難いからであるという。然しながら右大藤恒雄は原信公判において本田や被告人が右①②の如きことを言わなかつたとは決して供述していないのであつてこれを看過してかかる認定をすることは重大な事実誤認といわざるを得ない。又右③の事実は①②を前提としているのであるから①②同様事実誤認と言わざるを得ないであろう。更に原判決の如く被告人が本田と円満に話合いができると思つていたとは断じ難いとすれば、被告人が木刀を下駄箱の裏に投げ棄てたこと、及び本田に本刀でかなりひどく殴打されるまで本件鋏を取り出して反撃に出ていないことなどどのように説明するのであろうか。

三、次に重大な事実誤認をした第二点は被告人が本田に殴りかかられた後の状況に関してである。原判決は「第一審の事実認定は、被告人が本田との闘争中終始同人の攻撃を受けて防戦一方で態勢を立て直し、本田に積極的に向つていく状態になかつた」としているが赤松信太郎の第一審における証言及び司法警察員に対する供述調書によれば、被告人と本田との闘争中被告人が立つて本田に組みつき対抗している状況があつたことが認められること前岩道彦の原審提出の鑑定書及び同人の原審における証言によれば、致命傷となつた二つの刺創及び左前胸部の胸腔内に達する二つの刺創は刺切された時相当なショックで多くは茫然又は無気力状態となるからそのうちの一つの刺創を受けた後は被害者の力はぐんと弱まり加害者が優勢になつて二つ目の刺創以後はかかる状態で刺したことになりしかも相当強く力を入れて刺入し、かつ、動きが止つた時などに刺入した様に考えるのが適当と思われる赤松信太郎の前記証言によれば「止めてくれ」という声がし、荒川満夫の第一審の証言によれば助けてくれと言う声がしていることが認められるがこれは本田が被告人の攻撃に対して言つたと窺われること前記の傷害は本田が所持していた木刀が折損後に負わせたものと考えられることなどから考えると右の第一審の認定は誤りである。

然しながらに関しては原判決も認めている如く赤松信太郎が目撃した状況は瞬時のものであつてかかる状態があつたからと言つて直ちに二人が対等に対抗していたとは言い難いであろう。逆に原判決の言う如く被告人が優勢になつたことが歴然としているはずの段階である本田が赤松らに救いを求めた時に被告人はびつこをひきながらよろよろと逃げて行かなければならなかつたことが、右赤松の証言によつて認められるのである。かかる状況から原判決の如き認定をすることは到底できないであろう。次にに関してであるがなる程かかる理屈は観念論としては成り立つかも知れないが、この四個の刺創をつけるのに要する時間が全く無視された上にのみ成り立つ理屈であろう。けだし、この四個の刺創をつけるのに要する最小限の時間を考えるとわずか三〜四秒もあれば十分であろう。このような短時間にできるとすればかかることが認められるか極めて疑問であり、前岩証人自身もかかる致命傷を負いながら数十メートルを走り又は歩いた例のあることは認められるのである。すなわちひとつの致命傷を負いながらなお数十秒ないし十数秒程度の時間であれば激しい運動に耐え得る可能性があることを前岩証人も認めておられるのである。又本件事件現場の検証調書の記載からも明らかなように、被告人及び本田のものと思われるサンダル等の散乱状況からしてもかかる状況になつたことは明白であり、このことは原審における佐々貴士の証言によつても裏付けられるところであろう。に至つては笑止千万であろう。赤松信太郎も荒川満夫も「止めてくれ」「助けてくれ」との声の主が本田であることは一言も言つていないのである。はつきりと誰が言つていたか不明である旨断言しているのである。そして被告人が「止めろ」「助けてくれ」等と悲鳴をあげていることは被告人の供述からも明らかであろう。従つてこれをもつて被告人が本田に攻撃を加えた等とする合理的理由は全く存しないのである。も同様である。木刀が折損したとは言つても鋏の大きさと比較すれば、未た十分に鋏に対抗し得る武器であることは多言を要しないであろう。然るに原審認定の如きことが何故に言いうるのか全く不明である。以上の如く原審の認定は悉く合理的根拠のないものであつて、被告人を有罪にすることを目的とした事実認定としか考えようがないのである。

このことは、被告人の受傷が一週間程度で被告人が述べるほど重大とは認められないとする原審の認定にも現われているというべきである。けだし、前述のとおり被告人は逃走する時(実際は救急車を呼び一一〇番に電話するためであるが)にびつこをひきよろよろとしていたのであつて、その当時とすれば大変であつたはずであり少なくとも被告人がかように感じたとしても不自然ではないであろう。

四、最後に重大な事実誤認をした第三点は、原判決が本田と再び喧嘩となることを予期していたことを認め更に喧嘩となつたらその機会を利用して積極的に同人を加害する意思を有していたと認めたことである。

まず被告人にの積極的加害意思を有していたか否かについてであるが、これは全くなかつたと認める以外にないであろう。なる程原判決の言うように被告人に積極的加害意思があつたとしても不自然ではないだけの理由は存在することは否定しない。しかしながらもし被告人にかかる意思があるならば何故に本田が「三井居るか出て来い」と怒号して帰つて来た時に木刀等をもつて直ちに加害行為に出なかつたのかにつき合理的根拠を見出し得ないであろう。更に仮に百歩譲つて原判決認定の如く、被告人が木刀を下駄箱の裏に投げ棄てたのは大藤恒雄の説得があつたからだと仮定しても同人の証言によれば極めて素直に応じているのであるが、その合理的根拠も右加害意思を有していては説明ができないのではないか。更に本田が木刀を拾つて被告人を追いかけた時直ちに本件鋏を取り出し木刀に初めから対抗しようとしなかつたかの点についても合理的説明がつかないであろう。これはやはり、被告人の弁明通り本田と話合による解決をしようとした以外に何ら意思はなかつたと言うべきであろう。

次にの本田との喧嘩を予期したかとの点であるが、これはある程度予想されたところであろう。このことは被告人も認めているところである。だからこそ、木刀を捨てる際には何度も本田に念を押しているのである。

この点証人大藤は必ずしも明確な証言はしていないが全く否定しているわけでもなく明確な記憶がないというだけである。然しながら、被告人が木刀を捨てるに至つた理由を考えて見るに、被告人が何度も念を押して自信が持てたから、即ち、これだけ念を押せばもう喧嘩をしかけて来ることはいくら本田でもないであろうとの見透しがなければ、武器であるはずの木刀を捨てることは極めて不自然であろう。かかる見透しにつき自信があつたからこそ被告人は木刀を捨てたのである。従つて、被告人にとつて木刀を捨てた段階では本田と再び喧嘩になることなど予測は全くなかつたと見るべきである。

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